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盛岡地方裁判所 昭和60年(わ)22号 判決

本籍

岩手県宮古市大通二丁目三六番地

住居

同県同市南町一五番一九号

電気工事業

村山美代二

昭和一〇年九月一〇日生

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金二〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、岩手県宮古市大通一丁目四番二二号に事務所を設け、村山電機商会の名称で電気工事業を営むものであるが、所得税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどし、他人名義で預貯金を行うなどの不正手段によって所得を秘匿した上

第一  昭和五六年中における総所得金額は七一五九万六〇九三円でこれに対する所得税額は三八二一万九四〇〇円であるのにかかわらず、同五七年三月一五日、同市保久田七番二二号所在宮古税務署長に対し、総所得金額は七七八万七四〇八円であって、これに対する所得税額は一五九万五九〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税三六六二万三五〇〇円を免れ

第二  昭和五七年中における総所得金額は四八〇五万八九二六円でこれに対する所得税額は二二二二万四七〇〇円であるのにかかわらず、同五八年三月一〇日、前記宮古税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は八三四万三九六〇円であって、これに対する総所得税額は一二四万二〇〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税二〇九八万二七〇〇円を免れ

第三  昭和五八年中における総所得金額は六九一七万二二六三円でこれに対する所得税額は三五六五万二七〇〇円であるのにかかわらず、同五九年三月一二日、前記宮古税務署において、同税務署長に対し、総所得金額は一二三八万七七九七円であって、これに対する所得税額は二六七万六〇〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により所得税三二九八万二一〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述及び大蔵事務官、検察官に対する各供述調書

一、村山和子、中島幸子、佐々木幸一、村上昌司の大蔵事務官に対する、村山和子の検察官に対する各供述調書

一、大蔵事務官作成の告発書、脱税額計算書説明資料存銀行調査書、預貯金等調査書、各有価証券調査書、各脱税額計算書、昭和五六、五七、五八年分各所得税の修正申告書(謄本)、領収済通知書(謄本)

一、検察事務官作成の各 告書

一、佐藤正雄作成の上申書

(法令の適用)

一、被告人の各所為 いずれも所得税法二三八条一項二項、一二〇条一項三号

一、併合罪加重 刑法四五条前段、懲役刑につき四七条本文、一〇条(重い第一の罪の刑に法定の加重)、罰金につき同法四八条一、二項

一、換刑処分 同法一八条

(量刑の事情)

本件は、前示認定のとおり、個人企業を営む被告人が三年間つまり三期の納税期にわたり、売上の一部を除外し、これを他人や架空名義のいわゆる特別定期預金として預金するなどの不正手段により所得を隠し、税務当局に過少申告をすることにより、三期合計で九〇五八万円余にのぼる所得税を免れ、その逋税率は九四・二七パーセントにのぼる脱税事犯である。しかも被告人は、四七、八年頃からこの種方法で継続してなにがしの脱税をして来たのであり、そして五八年には税務当局の調査を受けて売上除外が発覚し、五六、五七年分の所得税の修正申告をして納税したのに、この調査の際にも正確な売上額を明らかにしなかったため、わずかの加算額を納付するだけで済ませ、さらに五八年分についても同様の方法で所得隠しをしていたものであり、きわめて悪質であるといわなければならない。しかも、その動機も結局は自己の生活設計のためということであって、特に斟むべき何物もない。弁護人は、本件の脱税は帳簿の記載の過誤による売上除外に原因しているところもあると主張するが、そのようなことは見あたらず、被告人が税を免れるため意識的に売上除外をしたのは明らかであるといわなければならない。

脱税事犯は、一頃は国家の租税収入を確保することを目的とする行政罰であるから、後に所定の加算税等を支払えばそれほど重い罪ではないと認識されていたのであるが、昨今においては、税金に関する問題が政治的にも社会的にも多く論議されるようになって来たことから、そのような認識は薄れ、脱税事犯に対する世間の評価はきわめて厳しいものになり、結局この罪は国民全体の犠牲において莫大な利得をするものであって、納税に対する国民の不公平感を増長し、国民の納税意欲或は納税論理を低下させ、延いてはわが国税制の根幹である申告納税制度を危うくする重大な反社会性を有する自然犯と評価されて来ているのであり、罰金刑のみならず自由刑の実刑が科せられる例も多く見受けられるようになって来ている。たしかに本件を見ても、前記のように、その逋脱率は九四・二七パーセントであるから、わずか五・七三パーセントしか納税をしていないということになり、このことは、正直に納税申告をしている者或はその所得を一〇〇パーセント捕捉されて一〇〇パーセントの源泉徴収をされて被傭者いわゆるサラリーマンと比べていかに不公平であるかが明らかである。まことに「正直者は馬鹿を見る」という結果になっているのである。しかも本件の脱税額も三年間で九〇〇〇万円余りにのぼり、被告人が四七年ごろからなにがしの脱税をして来ているということであるからそれを合わせると優に一億円を超す結果になっているものである。まことに脱税事犯は国民全体の犠牲において莫大な利益をあげる犯罪であって、法律的には形式犯であっても、実質的には国民全体特に前記のような正直に納税申告している者やサラリーマン階層がその被害者であるといっても過言ではない。このようなことから、脱税事犯の評価にあたっては、重税にあえいでいるかかる者の気持を大事にしなければならない。

さらに過少申告による脱税申告が多かれ少なかれ事業経営につきものであって、皆がやっているという意識が事業者の間には存在し、このことが被告人をして脱税に対する抵抗感を弱めていたことも事実であるが、しかし、このことをもって人間的な弱さとして被告人に同情することはできない。このような被告人の心情に同情することは、むしろ法が脱税を助長する結果になりかねず、申告納税制度を否定するものといわなければならない。むしろ、このような意識に支えられて、この種事犯が容易に伝播することこそ問題であって、一般予防の見地からもきびしく処断されなければならない。このようなこの種事犯の重大性を考慮すれば、起訴された脱税額が億以下であっても自由刑の実刑ということも当然考えられてしかるべきである。

以上の諸事情を斟酌すれば、本件の手段が必ずしも悪質巧妙なものではなく、どちらかといえば単純であること、五八年の税務調査の際当局がもっと突込んで調査をしていれば、正確な売上げが把握できたのではないかということ、被告人には前科前歴のないこと、発覚後反省の態度が顕著で税理士の指導の下で積極的に税務当局の調査に協力し、重加算税等所定の制裁的納税を了していること等被告人に有利な情状を考慮しても、なお被告人を懲役一〇月の実刑に処すると共に脱税事犯の特質から罰金二〇〇〇万円を併科するのが相当と判断した。

(検察官漆原明夫、弁護人渡部 出席)

(裁判官 穴澤成巳)

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